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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)3659号 判決 1988年6月27日

控訴人 添田工

右訴訟代理人弁護士 小清水義治

被控訴人 中央ファクタリング株式会社

右代表者代表取締役 石田幸博

右訴訟代理人弁護士 山崎司平

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却

第二当事者の主張

一  請求原因

原判決二枚目表四行目から四枚目裏一行目までを引用する。たゞし、同三枚目表七行目の「五一年」を「六一年」と訂正し、同九行目の「後記の」を削除する。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実を認める。

2  同4の事実のうち債権譲渡の事実は不知。その余は認める。

三  抗弁

訴外会社と控訴人との間には、「当事者は、相手方の書面による承諾を得なければ、この契約から生ずる権利又は義務を第三者に譲渡することもしくは承継させることはできない」との特約があった。

四  抗弁に対する認否

不知。

五  再抗弁

被控訴人は抗弁事実を知らなかった。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

七  再々抗弁

仮に、被控訴人が右譲渡禁止特約を知らなかったとしても、被控訴人は金融業を営む株式会社であり、債権を有効に譲受けるための要件を熟知している筈であり、又、この種建築請負契約から生ずる債権債務に譲渡制限の特約が付されることは常識であって、かような点からしても、被控訴人は右特約を知らなかったことにつき重大な過失がある。

八  再々抗弁に対する認否

否認する。

第三《証拠関係省略》

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

同4の事実のうち、控訴人が昭和六一年五月七日債権譲渡の通知を受けたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被控訴人主張の債権譲渡の事実を認めることができる。

二  《証拠省略》によれば、抗弁事実を認めることができる。

三  《証拠省略》によれば、再抗弁事実を認めることができる。

四  そこで、再々抗弁について判断する。

債権の譲渡は、本来、自由である(民法四六六条一項本文)が、建設工事請負契約の場合、元々それが注文者と請負人との間の相互の信頼関係を前提としているところ、請負債務の履行には長期間を要することがあり、しかも、その間、注文者の協力を得つつ義務を履行していかなくてはならないこともあるので、権利の譲渡を自由にした場合には、以後、それに対応する義務のみを忠実に履行するかどうか相手方に不安を抱かせることになるし、具体的にも権利者の変更は義務者に不利益を与える場合がある。従って、この種契約の場合、義務者は、権利者が誰であるかについては、通常、深い関心を抱いているのであり、契約上の権利を第三者に譲渡するには義務者の承諾を要するとすることが多く行われている。ここでいう権利とは、一応、注文者、請負人の権利双方を含むわけであるが、注文者の権利とは、完成した工事目的物の引渡を受ける権利であるから、その権利が譲渡されることは少ない。従って、契約上の権利の譲渡として多く問題となるのは、請負代金債権の譲渡の場合である。

実際の契約の場においては、工事に関する契約は、工事請負契約書に必要事項を記入した上、これに四会連合協定による工事請負契約約款と図面を添付して行われることが多く、それらが一体となって契約内容を構成することになる。本件においても《証拠省略》によれば、右工事請負契約約款(昭和五六年九月改正)が用いられており、右約款第五条によれば、前認定のとおりの債権譲渡禁止特約が規定されているのである。

右の約款は、大正一二年八月、四会合同で作成された工事請負規程を母体とし、以後、数次にわたる改正を経て、昭和二六年二月、工事請負契約約款として改めて公表され、以後、何回もの改正を経て今日に至っている。

現在、この約款は、多数のこの種契約に利用されており、特に、高額の建設工事請負契約の場合、ほぼ例外なく利用されているといってよい。

従って、この種契約に常時従事している人々はいうに及ばず、この種業界の実情に少しでも通じた人々の間においては、建設工事請負契約においては、債権譲渡は原則として禁止されているとの認識が相当広範囲に浸透しているものと考えてよいであろう。

本件において、《証拠省略》によれば、被控訴人は、定款上、金銭の貸付及びその媒介を主たる業務とするいわゆるフアクタリング業者であり、昭和四九年一〇月設立された株式会社であるが、訴外会社が、昭和六一年五月六日手形不渡を出して倒産したところ、同日、被控訴人は訴外会社から本件請負代金債権を譲受けたものであることが認められる。

右のとおり、被控訴人は、いわゆるファクタリング業者であり、日常、取引先信用調査、債権管理回収、信用の危険負担及び債権の期日前資金化等の事務の総合引受を主たる業務とするものであり、ファクターとして被控訴人はクライアントの要請により、常時、クライアントの取引先(カスタマー)についての信用調査を行っているのであって、ファクターにとっての信用調査能力はファクタリング取引の存在根拠とすらいわれているのであり、これらのことは当裁判所に顕著である。

そうすると、右のような業務を日常的に処理している筈の被控訴人が、訴外会社から工事請負代金債権を譲り受けようとするに当っては、予め、譲渡禁止特約の有無につき調査すべきであって、これを怠り、漫然、本件債権を譲り受けたとすれば、右の特約の存在を知らないとしてもそのことにつき重大な過失があるということができ、悪意の譲受人と同様、譲渡によって本件債権を取得することはできない、と解すべきである。

そうすると、控訴人の再々抗弁は理由がある。

よって、被控訴人の本訴請求は、結局、失当として棄却を免れない。

五  以上によれば、被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるから、民訴法三八六条によってこれを取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 菅本宣太郎 秋山賢三)

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